門真の整備士が語る「自動車技術の高度化と車検」

 自動車を取り巻く技術は劇的な進化を遂げ、車とエレクトロニクスは切っても切れない関係にあります。そして、自動車技術の高度化に伴い、車検制度もこれから変わっていきます。

 2024年から、OBD(※1)とスキャンツールを使用した項目が新たに車検の検査項目に加えられる予定です。これらの対象になるのは、2021年以降に製造された自動車で、輸入車については各1年遅れで実施される予定です(22年以降の自動車は25年から検査開始)。

 もうこの時点で「?」と感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。「OBDⅡって何?」「車検受けるのに知っておかないといけない事?」聞きなれない言葉かも知れませんが、車の進化は、車を取り巻くあらゆるところに波及しています。自動運転システム等、TVCM等で耳にされた方もいらっしゃるかと思いますが、「自動車の未来」を車検という目を通してご覧ください。また、高度化した自動車技術についても後述したいと思います。

※1 OBDⅡとは

 OBDIIとは、On-Board Diagnostics IIの略で、車両に搭載された自己診断システムの事を指します。エンジンや排気系統等の異常を検知し、警告ランプを点灯させることでドライバーに知らせます。

 スキャンツールは、OBDIIシステムから情報を取得し、トラブルコードの読み取りやライブデータの表示などの診断を行う診断ツールになります。

 車検においては、OBDIIシステムに対応したスキャンツールを使用して、エンジンや排気系統などの異常を検知し、トラブルコードの読み取りやライブデータの確認を行います。これにより、車両の状態を正確に把握し、安全性や環境性能を確保することが可能になります。

●特定整備とは

 近年、自動運転技術が急速に進化している事から、自動車の検査(車検)には電子的な検査を導入する必要があります。また、通信を活用した自動車の電子的改造が行われる事は想定されていない為、電子制御装置に組み込まれたプログラムを改変し、性能変更や機能追加(改造)が行われるケースも発生しています。

 現行の道路運送車両法では、これらの改造が「分解整備」の定義に含まれない事から、性能変更や機能追加(改造)を行う事は違法とはみなされません。また先進技術を伴う装置は分解整備の対象となっていない為、点検整備記録簿への記載義務もありません。こうなると認証を受けない事業者であっても取り外しを伴う整備又は改造が可能になり、整備作業の安全性確認が担保されない事になります。この事から、分解整備の範囲を拡大して、分解を伴わないASV(先進安全車両の略称)等の整備も含めて「特定整備」とする事になりました。

 よって、特定整備は単に「電子制御装置の整備」のみを実施するという事では無く、現在の分解整備を含みます。

特定整備の認証の取得には条件があります。

  1. エーミング(車の運転支援装置や自動運転装置に重要な電子制御装置が正常に作動しているかを確認し調整する作業の事の事)を行えて、定められた工場面積が確保されている事。
  2. 水準器とスキャンツールを用意している事。
  3. これらの点検や整備に関する情報の入手ができる体制が確立されている事。
  4. 1級整備士又は講習を受けて終了した2級整備士が常駐している事

これらを満たさなければ、特定整備の認証を取得することは出来ません。

特定整備が出来たことにより、整備工場のパターンもこれまでより増えることになりました。

① 今まで通りの分解整備だけを行う認証工場
新しく特定整備の認証は取得せずに、今まで通りの分解整備だけを行う認証工場です。
特定整備の認証を取得するには、上記の条件をクリアする必要がある為、工場の規模や事情によっては難しくなります。


② 特定整備の認証だけを取得する認証工場
新しく特定整備の認証のみを取得する工場です。
なぜ特定整備だけ?と思うかも知れませんが、コーナーセンサーが設置されたバンパーや、フロントカメラを備えた自動車のフロントガラスの脱着の際にも、特定整備の認証が必要になる為、板金業者やガラス屋等がこの認証を取得するパターンです。


③ 従来の分解整備も特定整備も行う認証工場
通常の分解整備も特定整備も認証を取得して整備を行う工場です。
尚、指定工場については、特定整備の認証を取得しなければ、保安基準適合証票が発行出来なくなる為、漏れなくこの認証を取得する事になります。

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●OBDを使用した車検

 上記でも起筆しましたが、自動車技術の高度化に伴い車検制度も変化してきました。2024(令和6)年10月からは車検の項目にOBDとスキャンツールを使用した項目が付加される予定です。これらの対象になるのは、2021年以降に製造された自動車で、輸入車については各1年遅れで実施される予定です。

 自動運転技術の搭載が様々な車種に浸透した事により、交通事故の減少、渋滞の緩和、燃費の向上などのメリットが期待される一方、故障時には誤作動等による事故に繋がる恐れもあります。その為、自動車の機能維持を図る事は最も重要な事であり、実際に2024年(令和6)年10月の車検時から、自動運転技術に採用されている電子制御装置の電子的な検査を開始する事になりました。その為にはスキャンツールを使用しますが、結果エラーコード等が発見された場合は、検査不合格となり整備が必要になります。

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●スキャンツール(外部診断機)

 スキャンツール(外部診断機)とは、自動車の診断器用コネクタ(OBDポート)に接続してECU(エレクトロニック・コントロール・ユニットの略)と通信し、記録されたDTC(故障診断装置の故障コードの事)を読み取るツールの事を指します。自動車の電子システムに故障や異常は無いか、あった場合それはどこで、どの様な故障が起きているのかを調べます。

 このスキャンツールは、現代の自動車整備には必要不可欠な物となっています。一昔前は、各メーカー独自の規格を採用しており、それに対応したスキャンツールやアダプターが必要でしたが、アメリカで統一する動きが起こり、GM社が作ったALDLという診断システムをベースにOBDが誕生しました。現代では「OBDⅡ」に統一されています。

 規格自体は統一され、汎用のスキャンツールであれば殆どの自動車に接続することが出来るようになりましたが、スキャンツールの性能によって出来る事出来ない事、また、メーカーの専用スキャンツールを使用しないと出来ない事もあります。

 このスキャンツールを自動車整備に使用する事で、エンジン・ミッション・ブレーキ・エアコン等のコンピュータ制御された部分の故障個所を簡単に見つける事が可能になります。

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●スキャンツールの必要性

 スキャンツールは、単純に故障コード等の読み取りに使用するだけではなく、様々な作業の過程や、部品を交換した際等にも必要になってきます。では具体的にどのような場面で必要になるのでしょうか?また汎用スキャンツールと専用スキャンツールについても起筆したいと思います。

①故障診断

 第一には、スキャンツールを繋いで、故障箇所のデータや各種装置の作動状況等、車の情報を見える様にする事です。故障コードを読み取る他に、ライブデータやフレーズフレームデータを参照して故障診断を進めます。

 「〇〇センサー異常」などと故障コードが記載されていても、それを鵜呑みにしてセンサーの交換を行うのは誤診の原因となります。内容や場所によっては、ドンピシャそのものの故障コードが記録される場合もありますが、あくまでも手掛かりとしてそこから故障診断を進めていく必要があります。

 ライブデータは、自動車の各センサーのリアルタイムの数値を見ることが可能です。不具合の症状が出ている時にライブデータを参照する事によって、各数値からセンサーの異常や部品の不具合等を判別することが可能になります。

 フリーズフレームデータは、何か不具合が起きて故障コードが記録された時に、その時の各センサーの数値を記録しておく機能です。どのような状態の時に症状が出たのか、故障診断時の参考になります。   

 「発生時のデータが残っているなら特定できるのでは?」と思われがちですが、実際にそこから原因の特定に繋がることは非常に稀です。

②作業補助

 現代の自動車は様々な所に電子制御や電動部品が使用されており、作業内容によってはスキャンツールを接続して、特定の条件の元、実施しなければならない作業もあります。

 最近の代表例としては、自動で作動するパーキングブレーキの作業が増加しています。電動パーキングブレーキと呼ばれていますが、電子的に作動させているブレーキになるので、ブレーキパッドの交換等を行う際には、スキャンツールで制御を解除しなければなりません。通常のブレーキパッド交換の要領では作業する事が出来ません。

 プリウス等のハイブリッド自動車も、回生ブレーキという発電の為のブレーキシステムを搭載しており、ブレーキパッドの交換は勿論、車検時のブレーキオイルの交換の際にもスキャンツールを接続して、スキャンツールの指示に従いながら作業を実施します。

③校正、登録

 センサーや部品等を交換した際には、センサーの校正や部品の登録等を行います。高度化している自動車については、この項目が重要要素になります。

 ASV(Advanced Safety Vehicle=先進安全自動車の略)各センサーの校正は「エーミング(車の運転支援装置や自動運転装置に重要な電子制御装置が正常に作動しているかを確認し調整する作業の事)。」と呼ばれます。その他の電子部品やセンサーなどを交換した場合は「キャリブレーション」と呼ばれる作業が必要になります。キャリブレーションとは校正の事で、基準となる標準器や入出力器を使用して計測装置の示す数値が正しいか否かを比較し、その差異を修正する事を言います。

 キャリブレーションは、部品を交換した際のセンサーの初期学習や、外車等では車体のECU(エンジンコントロールユニット)に登録されている情報と部品の固有番号が一致しないと作動しない部品もある為、その調整に使用する事もあります。

 アイドリングストップ車のバッテリー交換等を行った際、スキャンツールでリセットを行わないと正常にアイドリングストップが作動しない事があります。また、バッテリーの交換自体を登録する必要がある車種もあります。

④カスタム

 特に欧州車等で、コーディングと呼ばれる作業での電子的なカスタマイズを行います。コーディングとは、スキャンツールを使用して車両コンピュータ(ECU)にアクセスして、基本設定等を変更するカスタム方法の事を言います。

 基本的には、専門のコーディングツールやスキャンツールを使用して行いますが、専門的な知識が必要な場合が多く、誰でも簡単に自分好みにカスタイマイズするという訳にはいきません。しかし、専門のツールがあれば、多様なコーディングが可能になります。

⑤汎用スキャンツールとは

 各メーカーが製造し複数メーカーの車両に対応する事が可能なものを汎用のスキャンツールと呼びます。簡易な故障コードの読み取り機能だけのものや、ライブデータなど様々なデータをチェック出来るものまで、安価な物から高価な物まで機能によって様々あります。メーカーによってはソフトウエアのアップデートの有償無償、頻度等も異なり、作業サポー等で新型車に対応出来ない場合は、買い替えが必要になる事もあります。どこの汎用スキャンツールでも共通するのは、出来る作業等に限界があり、各自動車メーカーの専用スキャンツールを使用しないと、重要な作業等は出来ない点です。

⑥専用スキャンツール

 各自動車メーカーが自社の自動車専用として開発しているスキャンツールです。基本的なスキャンツールの機能は勿論、整備書やパーツリスト、配線図等各車種のデータが閲覧可能になっています。

 リコール等に伴うECUのプログラムの書き換えやアップデート、キャリブレーション等の一部は、メーカースキャンツールでしか行えない作業もあります。各ディーラーは設備として所有していますが、ディーラーではない整備工場がこれらのスキャンツールを入手するのは難しくなります。

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●自動車技術の進歩

 自動車の電子制御化は絶えず進化し、今では運転自動化レベルの概要も定義化されています。

参照:国土交通省「自動運転のレベル訳について

 これらに対応する為、整備や車検に関する制度や技術にも変化が求められています。なぜなら自動車が本来持っている性能を存分に発揮する為には整備や修理・メンテナンスが必要不可欠だからです。その為には本来実施している目視や計測による確認に加え、車両安全装置等多くの電子制御が正しく機能しているかチェックする特定整備 が、必須となっています。

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●まとめ

 自動車技術の高度化と車検について起筆しました。カーユーザーの中には「車が進化しているのだからもう点検整備なんて要らないでしょ!異常があればコンピュータが教えてくれるのだから!」と思われる方もいらっしゃるかも知れません。ただ決して軽視して欲しくないのは、どんなに車の性能が向上してもタイヤやブレーキパッド、ワイパーブレードやオイル類等の消耗品は変わらず存在しているという事です。

 車が機能を果す為に部品達はその身をすり減らし続けます。経年劣化、走行劣化した部品では、どんなに高性能な車でもその機能を存分に発揮する事は出来ません。カーユーザーの皆様には、車が安全に走行する為には、メンテナンスが前提にある事、点検整備は人間の健康診断と同じである事(予防整備)をご理解頂きたいと思います。

 その上で、カーユーザーの皆様が、今後どこで車検を受けるのか、どこなら信頼して車を預ける事が出来るのか、ご高察頂けると幸いです。